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大阪高等裁判所 昭和38年(ラ)158号 決定 1964年6月24日

抗告人 小林誠也

相手方 渡辺敏三

主文

原決定を取消す。

相手方の本件担保取消決定の申立を却下する。

本件担保取消決定申立費用及び抗告費用は相手方の負担とする。

理由

抗告人は主文同旨の決定を求め、その理由として別紙即時抗告理由のとおり主張した。

よつて、本件記録を調査すると、相手方申請に係る抗告人を被申請人とする神戸地方裁判所竜野支部昭和三八年(ヨ)第一〇号動産引渡の仮処分申請事件において、同裁判所は昭和三八年七月二七日申請人(相手方)に保証として現金八万円を供託させた上、「債務者(抗告人)は債権者(相手方)の委任する保管人である執行吏に対してシヤープ一四吋テレビ但しアンテナ及び台付一台外八銘柄合計九五点の物件を引渡せ。右保管人たる執行吏はその名において右各物件を第三者に寄託することができる」旨の動産引渡の仮処分決定をなし、即日右仮処分決定正本を執行吏送達により申請人である相手方に送達したこと、同年八月八日右仮処分債権者である相手方から右仮処分決定執行の委任を受けた執行吏が右各物件の所在地である抗告人(仮処分債務者)の住所に臨み、抗告人に来旨を通告して右仮処分決定の執行に着手せんとしたところ、抗告人から同月七日山崎町長が地方税の滞納処分によつて右仮処分の目的物件全部を差押えた旨の記載のある差押調書の呈示があつたので、仮処分の執行より先執行の差押のあることが判明し、本件仮処分の執行は不能に終つたこと、並びに、その後、同月一三日相手方から右裁判所に対して、「仮処分の執行不能及び期間の徒過により前記担保の事由が止んだ」ことを理由に、担保取消決定の申立があつたので、右裁判所は、同裁判所昭和三八年(モ)第五五号事件において、本件仮処分決定が「執行期間徒過により執行不能に終つた」ことを理由に、前記担保の取消決定をしたことを認めることができる。

右経過によれば、本件の仮処分決定正本がその申請人である相手方に送達されて後、相手方から本件の担保取消の申立があるまでの間に、既に一四日以上を経過し、しかも当時なお右仮処分の執行の目的を達成していなかつたことを認めることができるが、本件の仮処分はその性質上、その執行に先だつてその目的物件に対し地方税滞納処分による差押の執行がなされている限り、その執行をすることが不能ではあるが、納税義務者又は第三者の弁済によつて租税債務が消滅したり、目的物件について納税義務者以外の正当な所有者があつてその差押に対する異議が認められたりして、右物件に対する差押が解放された場合には、その時まで本件仮処分決定がその効力を維持している限り、改めてその執行をすることが可能となるから、前記執行不能は永久的なものとも絶対的なものとも云うことができない。ことに、本件仮処分申請書によれば、その申請人である相手方は仮処分の目的物を競売手続において競落してその所有権を取得したと云うのであるから、はたしてそうであるとすれば、その所有権を証明して、法律的手続又は滞納処分をした町長の任意の処分により、前記滞納処分による差押の解放を受けることも比較的に容易であることが予想せられ、右先執行の差押のあることは仮処分の一時的執行不能の因となるに止まり、近い将来に再びその執行が可能になる率が大きいと云うことができる。

以上のように、本件仮処分決定は、その債権者の執行期間懈怠によつて失効したわけでなく、その他仮処分申請取下等の失効原因も認められないのであつて、その目的物件に対する先執行の差押のあることによる仮処分の執行不能も一時的なものに過ぎなくなる見込みも多分にあるのであるから、右仮処分決定の保証としての担保を取消せば、担保を条件として執行を許した場合の担保の取消と異つて、無担保で仮処分決定を執行することができることになり、事実上もそのようなことの起る危険も無いわけではないことになる。従つて、右のような本件の事実上法律上の関係を指して「担保の事由が止んだ」と云うことは到底できない。原決定が、以上説明したような本件仮処分の事実上法律上の推移を仮処分債権者の「執行期間徒過により仮処分決定が執行不能になり」担保の事由がなくなつた場合に当ると認めて、担保取消決定をしたのは失当であつて、右担保取消決定の申立の却下を求める本件抗告は正当である。

よつて民事訴訟法第四一四条第三八六条第三八五条第九六条第八九条を適用して主文の通り決定する。

(裁判官 岩口守夫 長瀬清澄 岡部重信)

別紙 即時抗告の理由

一、相手方渡辺の本件担保取消決定の申立は民訴第一一五条第一項にいう「担保の事由止みたるとき」に該当するものとして為されたものであるが、相手方渡辺の右申立は以下の理由により失当である。

二、本件仮処分命令は既に本案訴訟(神戸地方裁判所竜野支部昭和三八年(ワ)第四三号物件引渡請求事件)が提起され且仮処分申立は取下げとなつておらず現在もそのまゝ神戸地方裁判所竜野支部に係属しており、事件は何等完結しておらない。従つて担保の事由は未だ継続しており終了していない。

三、仮に本件仮処分の決定が相手方の申立の如く執行期日の徒過により執行不能に終つたとしても、之は単に仮処分の執行要件が欠缺したというだけの事であつて、これは単に執行機関(本件の場合は執行吏)の執行拒否の原因が生じたというに過ぎない。従つてそれが為に仮処分の決定自体が無効になるものではない。従つて担保の事由が止んだ事にもならない。即ち仮処分の執行を続行する事が出来なくなつたにすぎない。苟くも一旦仮処分の執行に着手ありたる以上仮に爾後その執行が許されなくなつたとしても、仮処分債務者に対する損害(名誉毀損、営業妨害等による)は既に発生している仮処分債務者としてはかゝる損害に対する保証たる相手方の供託金の上に既に質権の設定が為されているものであつて、担保権利者たる小林誠也の同意なき限り本件担保取消を許すべきものに非ず

尚本件仮処分執行が既に着手済である事は執行吏の執行調書の記載自体により明であり亦訴外小林時代の申立にかゝる本件仮処分の執行の目的物に対する第三者異議事件(神戸地方裁判所竜野支部昭和三八年(ワ)第四七号)に関して為された強制執行停止決定(同庁昭和三八年(モ)第五四号)が執行の着手を前提として発せられたという事実に徴しても明である。

四、本件仮処分命令自体は前記の如く取下にも取消にもなつておらず依然としてそのまゝであり仮処分決定そのものは尚生きている訳である。たゞ仮処分決定の執行が期間の徒過により許されなくなつたというだけの事である。そうだとすれば仮処分命令自体は生きていてたゞ単に仮処分命令の執行が取消になつた場合と全く同一に解すべきである。かゝる場合仮処分の保証に対する保証取消決定は担保権利者の同意なき限りなしえない訳である。従つて本件仮処分の保証として供託したる金八万円の担保に対する担保取消決定は失当にして許されない。

五、本件仮処分決定は相手方の言う処によれば十四目の期間を徒過したとの理由によりその執行が許されなくなつたというのであるが、本件仮処分執行が相手方の言うが如く十四日の期間を徒過したものか否かは大いに問題である。何となれば相手方はその間に前記の如く仮処分執行に着手しているからである。仮に着手がなかつたとしても、昭和三八年八月八日の本件仮処分執行は既に小林誠也に対する山崎町の滞納処分による差押が為されていた為執行不能となつたものであつて徒過であるか否かはこの点に関しても非常に疑はしい。何となれば本件仮処分命令自体は前記の如く尚生きている訳であり本件仮処分決定が後日前記滞納処分による差押の解除により執行可能となるもありうる訳であるから。

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